日別アーカイブ: 2019年6月11日

思い出の揚げ茄子

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昨夏の終わりごろだったか、夕飯の茄子の小鉢を食べていた夫が突然、「昔さ~・・・」と話し出した。夫は育ちなのか自戒なのか「食べ物についてあれこれ言ってはならない」を信条にしているようなところがあって、普段あまり美味い不味いを言葉にしない。そのうえ食べ物の記憶なども自分から話すことは無く、尋ねても「うーん特に覚えていない・・・」と作り手に寄与する応えを聞かせてはくれないのだ。そういうわけだから夫の「昔さ~・・・」には大いに驚いたのだが、こういう時は過剰に反応すると相手の言葉が引っ込んでしまうので、努めて平静を装って言葉の続きを待った。

夫曰く、高校生ぐらいのころのこと。毎年夏になると、大量の揚げ茄子がドーンと大皿に盛られて食卓に並んだ、夏の盛りともなると毎晩のようにドーンドーンと続いてとにかく食べまくった、というのだ。
自分の中に深く潜行している眼差しだったので邪魔しないようにそっと「それで?」と促してみると、「今思うと油ものが毎晩続いて胃もたれするよなとか」「残ると弁当にも入っていた」とぽつりぽつりと聞かせてくれた。「続くにしても毎日大皿にドンッていうのは手抜きだよな、盛り付けを工夫するとかさー」と言い始めたので私も口を挟むことにした。
「もしかして茄子を油で調理したもの、実は苦手だった?むかし散々食べて飽きちゃっていたとか」と水を向けると、夫はハッとして「いやっ、こういう小鉢として完成しているようなのは別にいいんだよ・・・」と私におもねるような発言をした。夫は「小鉢として完成」と言ってくれたが、一口大に切って細目に飾り包丁をして油で焼いたものに茗荷をのせてぽん酢をかけただけのものである。やれやれと思いつつ、こちらの言い方も少し意地悪だったと反省して、お詫び代わりに夫の思い出を少し繙(ひもと)くことにした。
「ごめんごめん、でもそれだけ食べられたってことは揚げ茄子は好きなの?」「そう、かな?」「なんで疑問形・・・毎日のように食べていたんでしょう?」夫は高校生のころ義母(夫の実母)と2人暮らしだったので、大皿の半分以上の揚げ茄子を平らげていたはずだ。確認すると「うーん、確かに『俺は虫か?』ってくらい結構毎日ぱくぱく食べていた」と言う。「それでも揚げ茄子が好きかと言われると、うーん・・・」とまだ自分でも納得がいかない様子の夫を眺めた後、先ほどとは少し違うやれやれを抱きながら口を開いた。
「本人がわからないものは私にもわからないけど、少なくともお義母さんのほうはあなたが揚げ茄子を好きだと思っていたかもね」「えっ、そう思われていたのかな。出されたものを食べるしかなかったから食べていたんだけど」「あなたの食べっぷりがいいからお義母さんも作るのが楽しかったんだと思うよ。それでついつい沢山揚げちゃってドーンて量になったりよく食卓に上がったりしていたんじゃないかな?」夫の表情があっ、と変わった。「そう、かな」「たぶんだけど」。
「そっか」と呟きつつ、夫はまだ自分の内側を探している様子だった。あまりヒントを出すのも良くないけれど、この体験が後に夫ひとりでも繙きができる基礎となればいいと思ってもう少しだけ続けることにした。
「後さー、高校生とか大学生くらいの年代ってびっくりするくらい食べるよね。人生で1番っていうくらい食べなかった?」「確かに!」「放課後友達とマックに寄ってきた日も、うちに帰ってご飯食べておやつも食べるみたいな」「あったあった!」寄り道しなかったタイプに見えていたが、夫にもあったのか。「お義母さんは料理に明るかったじゃない?揚げ物は満腹感も得やすいから、『フライドポテトやポテトチップスにハマるより揚げ茄子で満足して!』とも思っていたかも」「それ、あったかも」「寄り道しない日もあるし、その日の適量に合わせてあなたがおなかいっぱい食べられるように、お義母さんなりに考えてくれての大皿盛りで手抜きってわけでもなかったんじゃないの?」「あ・・・」ふっと夫の表情が深く和らいだのを見て、私も満足したので話を切り上げることにした。
「後ねー、お義母さん、野菜をお裾分けしてくれるお友達がいたのよ。夏野菜って次から次と穫れまくるのよね・・・」「あー・・・!」今日1番の納得がいったという顔で夫は力強く頷いた。

話の最後にオチのようなおまけをつけてしまったけど、その日夫は寝るまでずっと仏像のように柔和な表情だった。あなたは大切に育てられてきたんだよ。それを私もわかっているから、その思いを継いでいるよ。ま、そんなこと言わないけれど。
でもいつか、私が先立った後に「そっか」と思ってもらえるように。
料理のプロだったお義母さんには及ばないけど、せめて食べ疲れしない料理を作り続けようと思っている。今年もおいしい茄子が食べられますように。


追記(22時間後):

お義母さんの揚げ茄子
 材料   茄子 サラダ油 薬味(その日有る物で)とめんつゆ
 作り方  ・茄子は水洗いしてへた(がく)の部分を切り落とし、水気をとる。
        ざるにあげておいてもいいし、拭き取ってもいい。
      ・薬味とめんつゆを用意する。
        生姜やにんにくを刻んだり卸したりしたものが多かったそうだ。
      ・天ぷら鍋でサラダ油をあたためはじめる。やや高めの中温にする。
      ・油が適温になったら、茄子を縦に4つまたは6つに切って素揚げにする。
        茄子は切り口から変色するので、油に入れる直前に切る。
        鮮度が高いと切り口から水分があふれてくることがあるので、
        紙などで拭き取ってから油に入れる。
        いちどきに量を入れ過ぎると油温が下がって仕上がりがよくない。
      ・カラリと揚がったら必ず網に載せて粗熱をとる。
        このひと手間を省略すると、カラリと揚がった茄子が残念になってしまう。
      ・大皿に向きだけは揃えつつ大胆に盛る。
      ・各自にめんつゆを用意して、薬味は好きに合わせて食べてもらう。

 これが義母から教えてもらった揚げ茄子のおおよそのレシピです。おおよそ、というのは…揚げ物が苦手で作っていないからです天国のお義母さんごめんなさい。大量の油を扱えるだけの技量がまだありません…。
 義母によると、「揚げ物は『具材の水分処理』と『油温管理』を間違えなければ(油が)はねることはないから大丈夫」だそうです。
 ちなみに昔義母から聞いた話では、ひとりひとり盛り付けることもあったはず。その際は茄子を縦2つ割りにして斜め格子の飾り包丁をして、薬味も茄子に載せて盛り、めんつゆにつけるのではなくかけて食べたそうです。義母は揚げて作っていたけれど、おそらく夫はそれを「焼き茄子」と認識していたに違いないと推察しています。


恥ずかしながら、話題に出したので・・・
茄子の小鉢
 材料   茄子 油(オリーブ油、胡麻油など) 薬味 ぽん酢(または出汁酢)
 作り方  ・茄子は水洗いしてへた(がく)の部分を切り落とし、縦半分に切る。
      ・斜めに1~2mm幅の飾り包丁をして、一口大に横に切る。
      ・深さのある容器に移し、うすく塩をまぶして5分くらい置く。
      ・薬味を用意する。特に決まっていなくて、その日家にある物。
        大葉 極細切り   生姜 極細切り、すりおろし
        みょうが 横向き(繊維を断つ方向)に細切り
        かつおぶし 胡麻
      ・水を加えてザッと流し水気をよく切る。急いでいるときは紙で軽く拭く。
      ・フライパンに茄子を並べる。縦半分に切った際の断面を下にする。
      ・並べた茄子に油をかけて、フライパンを中火にかける。
      ・焼き色がついたら裏返す。
      ・茄子、薬味の順に盛り付けて、ぽん酢(または出汁酢)をかける。
        組み合わせは無限。近年はレモンとわさびと出汁などでも。

 義母の揚げ茄子を作れない私が代わりに作る焼き茄子、どのご家庭でも食べているであろう普通のおかずです。ご家庭によっては「油茄子」と呼ばれているかもしれません。調理後に大量の揚げ油と格闘しなくていい、それだけで「また作ろう」と思えるひと品です。フライパンに残る油はキッチンペーパー1枚で十分拭き取れる程度なので、片付けや家計の面からも焼き茄子に軍配が…。
 火が弱すぎて加熱に時間がかかりすぎたり、最初に油をかけるときにかかっていなかったりすると、茄子の紫が茶色くなります。油をうまく回しかけられなかった日は、フライパンの中で(サラダにドレッシングを混ぜるときのように)茄子に油をまとわせてから並べると茄子の紫色が守られます。仕上がりが茶色くなってしまったら・・・出汁酢よりもぽん酢がおすすめ。いっそソースととろけるチーズで大胆に目隠しするのもおいしいですね。大人にはソースと練り辛子とトマトペーストもお酒がすすむ危険な味わい。話が焼き茄子からどんどん離れて行っていますw。
 追記なのに、食べ物の話だと長くなってしまいますね!食いしん坊ですみません。この辺りで。