投稿者「lawba」のアーカイブ

食べる力(ちから)

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 久しぶりに大きかった心の不調から少しずつですが回復してきました。個人サイトとはいえそこまで書かなくていいよと言われそうですが、観察力のあるかたは更新ペースや食事の内容で「あれ?」と感じていたかもしれないので一応ご報告をさせていただきます。
 誰もが当たり前のことだろうけど、私も自分なりには「My不調のスペシャリスト」道を着々と歩んでいるとは思うんですよ。詰まるところ、怪我も心も私の場合は「とにかく食べよう」が回復への第一歩だと、今回も自分を観察していて改めてわかりました。

 家で調理をするのは私だけなので、食べることは概ね自分で作ることになります。新鮮な野菜や果物の芳香は「第一の薬」、そのまま或いは調理したりして実際に食べるのが「第二の薬」。10年以上前、自分の死を身近なものと捉えなければならなかった頃にそれでも調理を続けて、このことを実体験として学びました。最後まで芳香を感じ続けることができたごぼう人参レモン生姜と、暖かい時期にはトマトも、それらの芳しさに支えられていました。ごぼうや人参は弱った私には硬すぎて、1~3回包丁を入れては一呼吸休んで、を繰り返してやっと切り終えるという残念な有りさまながら、きんぴらごぼうと豚汁は可能な限り作り続けたのです。
 生き延びて後年、「薬すら負担に感じる弱った人間には医食同源しかない」と考えて中医学(中国の医学)を独学で少しずつ学んでいますが、その初歩の段階にまさに「芳香の薬効」について解説されており、自分が生き延びた理由の一端を理解したのでした。

 そんなわけで、今回も食べ物に力を分けてもらいながら数日を凌ぎ。
 最終的に、私を今回の不調から救けてくれたのは「 桃(とレモン) 」と「 鰻の白焼 」です。どちらも私にとっては贅沢品です。鰻に至っては言葉の頭に超を付けたいレベル・・・。実は鰻の白焼、買い物のタイミングが悪かったのか2~3年まったく見かけなくて、ずっとずっと「食べたいなー」と恋焦がれていたもの。この後の食費の遣り繰りは考えなければいけませんが、しかし!何と言っても数年ぶりという精神の海溝に沈んでいたわけなので、ここから自分を引き上げるには課金も必要。そう考えて、ここであったが100年目(※2~3年です)、えいっとばかりにカゴに入れレジスターへ向かいました。
 買い物から帰ると台所が桃の芳しさに満たされて、その幸福感たるや・・・。桃はもうどんな褒め言葉も及ばない、ただ堪能すればよいのだ!(ただの桃好き) いっぽうの鰻の白焼は出汁とわさびでそのまま、或いはスパゲティで洋風に。考え出したら止まりません。こうして私は狙い通り回復しはじめたというわけです。

 うん。ただの食いしん坊噺だったな!


2019年7月1~8日

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買い物グループ1

鶏胸肉04 鶏挽肉04 しそ餃子05 ちくわ08 油揚11 卵10個 温泉卵 とんカツ
鶏胸肉08 牛薄切り09


買い物グループ2

胡瓜 トマト 人参 ブロッコリー 冷凍枝豆 大葉 生姜 桃 りんご もずく酢
アボカド パイナップル


主な献立と主な材料

かつ丼         とんカツ 玉葱 卵 焼き海苔
しそ餃子
鶏と里芋の煮物     鶏胸肉 里芋 胡麻酢 出汁
鶏団子         鶏挽肉 生姜 大葉
天津飯         卵 かに玉ソース 塩豆 玄米ご飯
鰻と胡瓜のスパゲティ  うなぎ白焼 トマト 胡瓜 生姜 わさび レモン 出汁
プリプリ鶏       鶏胸肉 コンソメ 水 小麦粉
トマトサラダ      トマト 胡瓜 胡麻とうふ 胡麻ぽん酢
ちくわとアボカド    ちくわ アボカド トマト レモン わさび 岩塩 オリーブ油
胡瓜の浅漬け      胡瓜 生姜 海塩
枝豆
とうふの味噌汁     とうふ絹 わかめ 寒天
鶏スープ
わかめの味噌汁     わかめ 寒天 ふのり
桃のカプレーゼ     桃 モッツァレラチーズ レモン


 

人と人との間には

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 九州南部の雨、いったんはピークを過ぎたようですね。まだ警戒を続ける段階とはいえ、ひとまずほっとされていると良いのですが。昨年、中国四国地方に大きな被害をもたらした豪雨の時にYahoo!の天気ガイド「雨雲の動き」を見ていたのですが、当時、九州南部にも結構な量の降水域の停滞があったんですよね。「台風もよく接近する地域だけあって治水がしっかりしている」と指摘されていて納得したものです。
 記録的な豪雨で今回は土砂崩れや河川の氾濫などの被害はありましたが、日常を再び取り戻せるようお祈りさせていただきます。



 私は、というと。少しダウンしていました。というか現在形でダウンしています。
 生きていれば時々(いろいろな意味で)不調はやってくるものだけど、数年ぶりに精神の海溝に深く深く潜行しているような、そんな状態です。私がこの手の状態=抑鬱状態になるのは、誰かの望みを自分の望みより優先し続け過ぎたとき。わかっているので適度に譲ったり譲られたりしていたつもりだったのに、今回は悪いほうに歯車が合ってしまったようです。まあ、いつもうまくいくとは限らない。こういうときもあるね。

 蛹のようにしばらく閉じこもって静かにしていたい。そうもいかなくて外に出て、人と話したら思いがけず心に水を少し分けてもらったり。そんなふうに、いつも、小さく助けられている。私も誰かの小さな助けになれているだろうか。死を迎えるその時に人間に対する感情がゼロよりちょっとだけプラスであるように。人類に今少しの猶予を、と祈りながら死んで行きたい。そう願う私には、それくらいがちょうどいい。

 抑え込んでいる望みは。
 ブラウザのリーディングリストには夫と話してみたいと思ったニュースや話題のリンクが溜まっている。今までに話すことができてリストから消えたのは数件。保存したリンクの全てについて話そうとはさすがに思っていないが、もう少し話せたら、とは思う。
 そういった話をすることが夫は「苦手だ、好きではない」と言う。私は社会における自分たちの家庭、夫、自分の立ち位置を確認することは「ときどき~できるだけ必要」と考える。その行き違いがどちらかを抑圧する。今回は、私が抑圧されている側というわけだ。
 話をしなくていいと考える人たちは忘れてしまっているのかもしれない。何故話をしなくていいと自分は考えることができるのかを。片手に収まるくらいの年齢のころに、この大人についていけば間違いないとか、この大人の真似をしていれば当たり前のことが当たり前に身につくとか。そういう体験に守られて、人の間で育った人は(成人かどうかはともかく)人間になることができている。
 その体験を欠く私は外から眺めて見よう見真似で人間になろうとしてきたけれど不足している。人であり続けることは叶えているが、人間としてはでこぼこし過ぎで分野によって及第と落第の落差が激しい私は、自分で得た家庭でおそらくはずっと、一生、補完し続けることが必要なのだろう。そのためにあなたと話したい、勝手だけど力を貸してほしいのだ、と。呼吸と同じくらい必要なことなのだ、と何度か伝えたけれど。難しいのだろう。仕方のないことだ、夫と私は別の人間なのだから。それでも苦しいものは苦しくて、ときどき今のような状態になる。


 人と人との間には。
 深くて埋められない溝があるのか。
 隙間を埋める情があるのか。

 それを決めるのは当事者たち。