日々の覚書」カテゴリーアーカイブ

8年前(1)2011

Reading Time: < 1 minute


8年前の今日、この時間(まもなく22時)。強い余震がひっきりなしに続いて、片付けも手につかず、ネットやラジオ、TVのニュースで少しでも多くの新しい情報を得ようとしていた。
唐突な書き出しでごめんなさい。今日は、何も書かずにおこうかと考えていた。今もまだ整理がついていない、あの日のこと。地震と、続いて起きた原子力発電所の事故のこと。私にはまだ書けないと迷いながら文章を綴り始めた。

あの年は年明け以降、何となくザワザワと落ち着かない空気が漂っていた。山陰地方ではドカ雪が降って松の内(1月7日まで)から災害に見舞われる方がたがあり、下旬には九州から始まって各地で鳥インフルエンザが発生し最悪の手段で終結していた。
個人的にも不安定な事態が続いていたし、周辺で工事が相次いだため騒音と振動で心身がとても弱っていた。そのせいか1月はとにかく夢見が悪く、31日には終に心身に迫りくる terrible な夢で夜中に飛び起きて、夫に起きて聞いてもらったほどだった。不安でたまらない日々が続いていた。

2月には海外でも東北沖でも大きな地震があった。虫の知らせだったのかもしれないが、この東北沖の地震の後、どうにも気になって、毎日のように地震情報を眺めていた。
日本は地震列島と言われてはいたが、それまで私が直接体験した大きな地震といえば子どもの頃の震度4が最大だった。1度揺れて終わりの地震で、余震が続くという体験は無かった。
だが2011年2月の東北沖地震の震源域では、マグニチュード4.5以上に絞っても地震が起き続けていた。専門的なことは解らないなりに「なんかヤバいんじゃないの?」と感じた。振り子が収まっていく現象としての地震なのか、現在進行形で絶賛継続中の地震なのか。気になって、インターネットの地震情報チェックはルーティンとなった。

3月9日、東北地方の沖合でまた地震が起きた。マグニチュードは7.3で、不謹慎だが私はあのとき「本命はこれだったのだろう」と少しほっとしたのだ。だが、翌10日にもM6.8の地震が起きた。
まだ終わっていないのではないか?
9日に感じた安心感は消えてしまった。身震いするほど怖くて、何かに没頭したい忘れたいと強く思った。

3月11日はその頃ずっとそうだったように風が強かった。私の住んでいる地域では、特に冬、異様に強くて長い風が吹く。長いとは奇妙な表現だが、普通の風をビューと表現するとビューーーーーーーーぐらい吹き続けるのだ。強いときは窓や外壁にドンッとかバァーンッとか叩きつけた後にビョオォォーーーーーーーーーーーーォオオと続く。子どもの頃はそういった風の記憶がないのだが、いつごろから始まったものだったのだろう。
その風の音と揺れ、周辺工事の音と振動が、昼にはどちらも止んだ。気温は高くはなかったが日差しも出てきて、束の間、神経が休まる心地がしたのを覚えている。

そしてその時が来た。のだが、当時の記憶を辿るのはやはり体調がしんどいので今日はここまでにします。


「神様なんていない」見捨てられた気分のあなたへ

Reading Time: < 1 minute


このサイトで文章を読んでくださっているかたには、誰に向けて書いているのか混乱するような場面があるかもしれない。究極的にはOnePersonに向けて書いているのだが、インターネットという公共の場を閉鎖せずに利用しているので、多くの人が目にする可能性があることを自分に言い聞かせている。それでもテーマによっては狭い範囲の方たちへのメッセージのようになってしまうこともあるだろう。
今日は「神様なんていないし、もう自分なんてどうでもいい」と投げやりな気分の方がたに向けて、SF(すこし不思議)な話をしようと思う。
だいぶ偏った私の世界観が出てくるので、他人の考え方に興味がないかたは読まないほうがいいですよ、と注意喚起しておきます。

半世紀くらい生きているとオカルトとしか言えない体験の1つや2つはある、という人も多いだろう。私もそういうひとりだ。オカルト的な括りの中で、「本当にどうすることもできなかったのか」と悔いていることが2つ、「何かできることがあるのではないか」と現在進行形で気にかかっているのに先送りしていることが1つある。

先の2つの後悔のうち1つ。若いころ、一生の友人関係が築けたらいいと思う人たちがいた。サークルの同級生だったがみんな異性だったので、どう切り出したらいいのか迷っているうちに卒業を迎えてしまった。卒業前後に集まる機会があって、「ずっと友人でいてほしい」と伝えるなら今日だという日にそれは起こった。解散間際、超大手企業に就職した1人が名刺を手渡してくれて、「いいところに就職したね、おめでとう」と言おうと口を開いた瞬間に横殴りにされたような衝撃があった。そして私の口は切れ切れながら勝手に言葉を紡いだのだ。「その会社は、すごくだめな会社だよ、よくない」と。
上記を読んだ多くのかたが「それは、素晴らしい就職を果たした友人に嫉妬しただけでは?」と感じるだろう。私自身、最初は自分を疑ったのだ。なんと心が狭く醜い行いをしてしまったのかと。だが、自分の中をどれだけ探しても、私の中にその人への負の感情は無かった。
パニックを起こしかけていたが、相手の気持ちを思うとこんなひどい言葉をかけた私が自我を喪失するのは卑怯だと必死に自分を保って「ごめん」と言葉を絞り出した。それでも結局私は大切に思っていた人たちを失った。
あのとき。負の感情は無かったというなら何はあったのか、何故あのような酷い言葉がでてきたのか。あの後すぐに、思考を放棄したくなっていた自分を叱咤して、可能な限り分析した。言葉が紡がれた瞬間に私の中に存在したのは「とにかくこれだけはつたえなければ」というとても強い思いだった。焦燥感もあった。ただ理由がまったく分からなかった。
後年、その会社はとても大きな事故を起こした。

今なら、少し解る。あのときの私はたぶんイタコのような状態だった。「とにかくこれだけはつたえなければ」というとても強い思いがありながらその理由に全く思い当たらなかったのは、それが私の思いではなかったからだ。今の時代なら「ハッキングされた」と表現したほうが、読んでくださっている方には伝わりやすいだろうか。
その同級生に属する存在が、彼の将来に待ち受ける危機的状況を知って彼を守りたいと強く願った。どうやっても伝えられず困っているところへ、乗っ取りやすそうな人間(私)が現れたので言葉を使って伝えようとした。こういう状況だったのではないかと考えている。

「同級生に属する存在」とはミトコンドリアとか腸内細菌の類だった、というのが私としては最も腑に落ちる説だ。昨年、「ミトコンドリアや腸内細菌のなかに、時間とのかかわり方が人間とは違うタイプが存在しているかもしれない」という仮説を読んだから(いつもなら予算獲得のためのトンデモ記事かなと流すのだが「ふと気になった」のだ)。昔から言われる「ムシの知らせ」とか「第6感」は彼らの生存戦略ではないか、というものだ。普段は漠然とした「感覚」でしか伝えられない、人間と言語を共有してはいない者。
そういう者が本当に存在していたら、宿主つまりは運命共同体である人間を守ろうとするのではないだろうか。

だから、今とてもつらい状況にあって投げやりな気持ちになりそうな方がたへ。今日この文章を読んでいるのは、あなたの運命共同体(ミトコンドリアや腸内細菌)が導いたからかもしれない。「共に在る。見守っている」とあなたに伝えたくて。
「ムシが知らせるとかキモい」と思わないであげてくださいね。宗教で語られる神様とは趣はだいぶ異なるが、「内なるカミ」という立派なカミ様です。よい関係が築けますように。

北海道2019年2月21日

Reading Time: < 1 minute


昨晩、北海道で最大震度6弱を観測する地震がありました。
昨年9月の地震のこともあり、とても不安な夜を過ごされたと思います。心よりお見舞い申し上げます。怪我をされた方々が早く良くなりますように。昨晩帰れなかった方々が今日はゆっくり布団で休めますように。断水は、復旧見込みはどの程度なのでしょう。真冬の北海道、足元の悪い中で水を運ぶのは想像するよりずっと大変だろうと思います。水道復旧作業に当たるかたもとても厳しい状況でしょうが、皆様に怪我がありませんように。
小さな揺れにも敏感になってしまった方もいらっしゃるかもしれませんね。皆様が平穏な日々に戻れますよう心よりお祈り致します。

 2月22日夜に