日々の覚書」カテゴリーアーカイブ

こんなときに朝が寒いなんて

Reading Time: < 1 minute

 
 朝の4時に目が覚めてしまいました。
 年のせいもあるけれど昔から眠りが浅くて。今朝は寒さが原因だったようで、「この体感は…」と窓を確かめると結露していました…。まだ10月中旬だというのに。
 避難所は寒くないでしょうか。毛布やカイロなどそれなりの数が備えてあったかもしれないが、水に浸かったところも多いはず。他所から手配することになるけれど…。今日のこの寒さが予想外でないことを祈るばかりです。水害の影響がこんな形で尾をひくのかと、この寒さに改めて感じてしまいます。

 避難所などにいてまだ片付けに取り掛かれない状態の方は、日中、晴れ間もあるようなので陽ざしを浴びて心を休めてくださいね。心を休めるとは、何も考えずにぼうっとただ自然を感じたりして「無我」の状態に近くなることです。勤勉な性質だとぼうっとすることが苦手という場合もあるらしいですね。その場合は、例えば毛並みの柔らかいペットを心の中に思い描いて撫でるとか、いっそ実際に手触りの良い毛布を抱えて日なたで過ごすとかどうでしょう。「片づけを手伝わんか!」と怒られてしまうかな。時間を決めて心を休めましょうか。
 逆に体は動けるなら動かしていたほうがいいです。災害の日の恐怖や未来への漠然とした不安など心を強張らせる要素はたくさんありますが、心がごわごわに固まってしまうとき、体もカチコチになってしまいます。それは体も心も怪我をしやすい状況にあるということです。時間と場所に余裕があるなら体を温めつつストレッチをするのが理想ですが、いろいろ事情もありますし。体を動かす仕事や作業のある方はその中でそれぞれに体を守ってください。筋が柔らかくかつ弾性を保っていれば怪我はしにくいですし、心もしなやかさを保てます。こんな時です、絶対に無理はしないでくださいね。

 人生においてはガシッと踏ん張る強さが必要な時もあるけれど、災害のようなときは折れないことが第一。しなやかで打たれ強い強さやするりと躱すような強かさで切り抜けましょう。
 後の人生でもいつかきっと役に立ちますよ。

 ああ、拙文を打ち込んでいるうちに日の出です。太陽の光と陽ざしが1人でも多くのかたに届きますように。


台風19号(2019年)

Reading Time: < 1 minute


 とても強い表現で気象庁が警戒を呼び掛けていた台風19号が、日本の広範囲に大変な被害をもたらしました。
 お読みくださっている皆様のお住まいの地域は大丈夫でしたでしょうか。私の住む街も県も、かなり酷い事態です。

 こんな時、何が言えるだろう。あちらもこちらも縁のあるところも水に浸かってしまって..。今は、ごめんなさい、被害の数字を記録しておくこともつらく感じます。
 被害に遭われた方々に、心からお見舞いを申し上げます。

 また雨が降り出してきましたね。救助や復旧などの作業に当たる方々は、全方位安全第一で。私の夫も台風の間30時間以上職場に詰めていてとても心配しましたが、非常時とはいえ生身の人間、冷静で的確な判断を繰り出し続けるにも限度があると思います。どうか無理はしないでくださいね。
 私達向けには、いつもより注意深く先を見て行動しましょう。それと、マスクと目の保護、手洗いうがいは普段よりも注意しましょう。いつもの雨上がりの水たまりの泥とは違います。下水も何もかも混ざってしまっていますから、これから乾いていくと心配だという声が各所で聞かれます。汚水に浸かったのでなければ、インフルエンザ流行の時と同じ対処でだいたい大丈夫そうです(念のため、ご自分でも調べてみてくださいね)。


 次の言葉が今回は…。でも祈りを込めて書きます。
 安心して暮らせる日常を、皆が取り戻せる日を迎えられますように。


魔法の言葉

Reading Time: < 1 minute


 またか、と自分でも思うがちょっと参っています。
 しんどいことが1~2件ならなんとか散らしてやり過ごせるのに、いろいろ重なりすぎて心が縛られる。こういう時、縛っているのは、自分。
 解き放つ魔法の言葉は「だいたいおばちゃん(自分)のせい」。

 今月行われた311の原子力発電所の事故に関する裁判の結果に、自分でも驚いたのですが結構ショックを受けました。私の中で普段は眠らせている幼い私が感情的に反応することは予測していたのだけど、多少は社会性を学んだ現在の私も衝撃を受けていて。裁判の結果については、ものすごくシンプルに言うと予想通りで落胆もしませんでした。落胆は無いのに衝撃というのもおかしな話なので、解明すべく自分の中に潜ったりしていました。
 私は次のように捉えていたのです。「日本の原子力発電をめぐる全ての事情を自分は精確に把握していない。裁判にかかわった法曹界の方々は職責を果たしてくださるはず。私が見るべきところ、考えるべきところは他にある」。それは、裁判の中から日本の未来のかたちを読み取ることでした。

 日本はこの先どの方向へ進むのか。
 あるいはこの国を牽引している人達はどこへ行こうとしているのか。

 究極の理想としては、この2つが一致していて更にひろく国民に寄り添う未来であること、かと思います。国民の指向性も様々なので、一筋縄とはいかないところですが。簡易に想定するだけでも仕事量がとんでもなくて、実際に対処しなくてはならない立場の人の大変さは、形容する言葉を見つけられないだろうと思うほどです。だから究極でなくてもいい、せめて何世代か後の人達が「まあ良し」と肯定できる未来を、と願っていて。
 「日本を牽引している人達や(今回の裁判に限って言えば)日本のエネルギー問題に携わっている人達は、この国の未来をしっかりと見据えている、それは希望的観測に基いた危ういものではなく地に足が着いている」、そういう状態なら現在生きている私達も未来の人達も幸福度が上がるでしょう。逆に「この国、余すほどの果実を得るために国と国民の未来をチップにギャンブルしてるっ!?」だったら怖くて嫌です……。
 それで、今回の裁判の経過から信頼できる材料を見つけて安心したかったのです。勝手な願望ですけどね。
 311以前はおそらく「リスクオン」態勢で、ハラハラしつつも許容しなければと思って見続けていました。311を受けてさすがに少しは変わった部分もあるだろうと裁判の経過を見て。安心は、得られませんでしたね。判決に不満があったのではなく、捉え方を複数想定してみたところ、ほぼ「今後を見ていかなければ判らない」ことを指していたからです。
 仕方ないです、「この裁判で安心できるようにならないかな」というのは元々私が勝手に被せただけでしたから。ね、だいたい自分のせい。
 だから今日の投稿は、内側の探求からそろそろ浮上するための思考整理です。原子力発電所の存在にそれだけ疑問や不安を感じながら暮らしていたと再確認したこと、「他罰志向<<<未来指向」の自分に安堵できたこと。この2つを収穫として再び経過観察、今回の裁判についての衝撃はこれにて終了、と相成りました。

 こんな風に沈んだ時のセーフ機能として「食の覚書」を用意しておいたのに、役立てられないとは我ながら情けない。情けなさに発奮して自分に喝を入れるところまで到達して戻ってきます。